さてさて、予想外に長くなってしまいましたが、ようやく最後の奥さん、キャサリン・パーです。
ほとんど頼み込まれるような感じで6番目の后となった彼女は30才の未亡人、美人ではありませんでしたが何冊か著書も出すほどの大変な才媛で、同時期、ヨーロッパ一のインテリと言われていたヘンリー8世とも対等に学術談義が出来た程だそうです。
また親子ほど歳の違う夫を立派に看取ったという「実績」もありました。
彼女は王妃になってまず、前妻たちの子供であるメアリーとエリザベス…王位継承権を否定され、庶子のままでそれぞれ孤独に暮らしていた二人を宮廷に戻らせ、プリンセスとしての地位を復権させました。
メアリーは彼女に感謝し心から慕いました。さらに彼女はその博識から幼いエドワード王子の教育も担当し、年の近いエリザベスも一緒に学ばせました。さらに「王の妹」として淋しく暮らしている4番目の妻だったアン・オブ・クレーブズを度々見舞いに行き、姉妹のように仲良く交際したといいます。
心優しく賢い妻によって、やっと家族らしくなったロイヤルファミリー。ヘンリー8世は持病が悪化しながらも、彼女を得て安心したのか、気力もみなぎりフランスに遠征。王の留守、摂政に命じられたのは王妃キャサリンでした。彼女は立派に公務を引き継ぎながらも、戦場にいる夫に優しい手紙を何通も送っています。
彼女は宗教的には隠れプロテスタントでしたが、プロテスタント嫌いのヘンリー8世にはそのことを隠し、異教の罪で告発されそうになる危機もありましたが、巧みな機知とユーモアで切り抜けたそうです。
1547年、ヘンリー8世は家族に看取られながら55才の生涯を終えました。キャサリン・パーとは5年ほどの結婚生活でしたが、彼女の献身と家族への暖かい心づくしのおかげで、その晩年は穏やかで優しいものになりました。
ハンプトン・コート宮殿にはヘンリー8世とその家族を描いた大きな肖像画があるそうです。メアリー王女、エリザベス王女、エドワード王子、そしてヘンリー8世の隣にはエドワード王子の母ジェーン・シーモア・・・ん?。
ジェーン王妃は王子を産んですぐに亡くなっているので、現実にこんな光景はありえませんでした。この幸せな家族の肖像を描かせたのは、キャサリン王妃だと言われています。老いて病んだ国王を慰め喜ばせる為にでしょうか。
ヘンリー8世はその遺言で、ジェーン王妃と共にウィンザー城に今も眠っています。波乱万丈な王の一生は最後は幸せだったといえるかもしれないです。
が。
どうにも納得がいかない。だってこの王様、最初の奥さんを強引に離婚させて追い詰め、その後も自分の奥さん二人も処刑してるんですよ。こんな横暴な男が畳の上で穏やかに死んでいいのか??
時代とはいえ、まさに 女は子供(男の子)を産む機械 としか思ってないよね・・・と憤りながらも、ここまで男の子を生ませるために離婚&再婚を強引に繰り返した人生を思うと、なんだかかえって男って自分で子供を埋めなくて可哀そう・・・っていう気もしてきました。ホントに。
ただ、この時代の「王」とか「英雄」を現代の人間のスケールや価値観で判断してはいけないとは思います。ヘンリー8世は自分の好色や私欲のためだけに妻を何回も取り替えたわけではない、というのはよく解るし。それにしても・・・最後の奥さんが優秀で優しい人で本当に良かったね、と言いたいです。
ちなみにこのキャサリン王妃、夫が死んで3ヵ月後にかつての恋人と再婚しています。
さて、ヘンリー8世の子供たちがその後どうなったか。
たった一人の愛息、エドワード王子は8歳で即位。継母キャサリンとその再婚相手シーモア卿(生母・ジェーン・シーモアの兄でもあります)の影響でプロテスタントを保護し、父が作った英国国教会の脱カトリック化を推進させます。英明な少年王でしたが、しかしわずか15才で病死してしまいました。
ちなみに彼は児童文学の【王子と乞食】のモデルにもなっています。(お話はフィクションですが)
長女のメアリーは、父に母を離婚させられプリンセスから庶子にさせられ、2番目の后、アン・ブーリンからは妹のエリザベスの侍女にさせられたり、また暗殺に脅かされたりと、暗い少女時代をすごしました。
エドワード6世の死後、いろいろあったあと(ざっくり省略)メアリー1世として37才で即位。
まず亡くなった母キャサリン・オブ・アラゴンの離婚を撤回し王妃として復権させました。これにはほとんど異を唱える人はいなかったそうです。
母の影響と暗い生い立ちから、熱心なカトリック教徒だった彼女はプロテスタントを激しく迫害。のちに【ブラッディー・メアリー(血まみれメアリー)】というあだ名をつけられます。トマトジュースをウォッカで割った同名のカクテルは、彼女の名前からその名がついたそうです。
難しい立場からか長い間結婚できず、即位してからスペイン王と結婚するもほとんど顧みられず利用され、最後は42才で病死、というなんだか気の毒な一生でした。
次女のエリザベスが、後の有名なエリザベス1世です。
母親が刑死、という彼女も暗い生い立ちで、メアリー即位後は危険人物とされロンドン塔に幽閉され、自分も母と同じようにここで死ぬのか?という時代もありましたが、その後メアリーの死により王位につきました。
キャサリン・パーの教育のおかげで高水準の教養と知性を身につけていた彼女は、まず国内のカトリックとプロテスタントの争いをまとめ、対外的にはスペインの無敵艦隊を破り、世界貿易一手に握り、イギリスの大繁栄時代を築いたのでした。
父の繰り返される離婚劇や、姉メアリーの結婚の悲劇などを見てきたせいか生涯独身。諸外国とは結婚をちらつかせながら巧みに外交をしたのでした(実際は何人かの愛人がいたそうです)なので彼女の代でテューダー王朝は終わるのでありました。
そんなわけで読書感想のつもりが、にわかエゲレス歴史マニアブログになってしまいました。いや、イギリス史に詳しい人に見られたらかなり恥ずかしいですが。
イギリスには10年位前に行ったことがあるんです。会社の研修でロンドンとウェールズに行きました。最後の日だけが自由行動で、観光バスでトラファルガー広場やビッグ・ベン、タワーブリッジ、ウエストミンスター大寺院などを駆け足に回り、大英博物館でミイラを見て、ハロッズでお土産を買う、くらいしか観光出来なかったのですが。
研修で出かけたカーディフから某所までの車で2時間近くの道中、ウェールズの風景はとても印象に残ってます。なだらかな丘陵に羊・羊・羊・・・古い教会と墓地(絶対吸血鬼とかでてきそう)、崖の上の古いお城、低く曇った空、【嵐が丘】のような風に吹かれた木々。
ああ、今だったらもっと見たい所いっぱいあったのになぁ。
そんなわけでこのシリーズ、長くなりましたがやっとおしまい。