伊豆「風雲児たち」旅行記4 | Rucca*Lusikka

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ううーむ、GW明けからバタバタと忙しく(言い訳)…(^_^;)

なかなか終わらない旅行日記、記憶が薄れぬうちに書かねば!

さて

松陰先生の像のあるところから、下田の海を眺めます。うーん、ここにかつて黒船が停まっていたのねー…と、浦賀でも久里浜でも同じ感想を持ったので、さすがにもう深い感慨とまではいきませんでしたが…松陰先生、よくまあアメリカに行こう!なんて考えたよなぁ…実際アメリカに行ってたらどんな人になってたんだろうね。日米関係も今とはずいぶん変わっていたりなんかする…かも??

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そんなわけで下田を後にし、二泊目の河津に向かいます。海岸線の道路を北上、程なく到着。

泊まった宿は、伊豆河津浜温泉 河津海苑というお宿でした。

リニューアルしたてなのかな?レトロモダンなインテリアになっててお部屋も広いし、海も目の前!お風呂も良かったです。お料理は部屋食ではなかったけどとても美味しかった。前日からの海の幸がてんこ盛りです!伊豆はやっぱりおさかな天国だ~!

この日はよく歩いたので、温泉入ってすぐにぐっすり。

さて翌朝最終日!

この日は韮山の江川様の反射炉を見に行く予定です。天気もバッチリ!海がキラキラ光っててキレイ。韮山は伊豆の上の方。河津からは天城越えをして行きます。

途中、道の駅「天城越え」でコーヒータイム。珈琲と一緒に出てきたクッキーがとてもとても美味しかったのでおみやげ決定…わさびが有名な場所ではありますが(^^;;

修善寺を抜けたあたりで、韮山への道がわかりにくくちょと迷子になりましたがなんとか到着。この辺りは土地も平らで広々してます。富士山も良く見えてなんだかのびのび~。

さて、ここで江川太郎左衛門英龍様についてちょっと説明。

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江川 英龍(えがわ ひでたつ)は、江戸時代後期の幕臣で伊豆韮山代官。通称の太郎左衛門(たろうざえもん)、または号の坦庵(たんなん)の呼び名のほうでよく知られている。地元の韮山では坦庵と書いて「たんあん」と読むことが多い。
洋学、とりわけ近代的な沿岸防備の手法に強い関心を抱き、反射炉を築き、日本に西洋砲術を普及させた。地方一代官であったが海防の建言を行い、勘定吟味役まで異例の昇進を重ね、幕閣入を果たし、勘定奉行任命を目前に病死した。

ウィキペディアより・・・ですが↑じゃぜんぜん江川様のすごさは伝わらないなー。

ざっというと、鎌倉時代から続くこの地の代官のお家に生まれ、若い頃は商人に変装したりして領地を見回り民情を聞いたり、当時まだ偏見の多かった種痘を積極的に取り入れたりして「世直し大明神」と呼ばれちゃったり、

幕末の混乱期に、日本を(幕府を)なんとか独立国家として西洋と対等に渡り合えるように生まれかわらせようとあれこれ考え、奔走しまくったお人です。

農兵を組織し、砲台を研究し、お台場を作り、パンを作り(日本で初めて)、洋式船を作り(新ディアナ号)、さらに剣術の腕は神道無念流免許皆伝で、学問もできて書や絵も一流という、

幕末の完璧超人・・・とでも申しましょうか。

まあこれもほとんど「風雲児たち」の影響ですが。

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↑ちなみに風雲児たちに出てくる江川様。そっくりwww

江川様は幕府から海防を命じられて、砲台を作るために当時の最先端技術である反射炉を製造します。その反射炉がまだ今残っているのですよ。そしてその近くに「江川邸」があります。今回はその二ヶ所を訪ねました。

まずは反射炉。

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幕末期に作られた反射炉で残っているのはあまりないらしいです。ここだけだったかな?(うろ覚え)江川様はこの反射炉の完成を待たずに病気で(ほとんど過労死)亡くなってしまったわけですが…。

さて、反射炉をあとにして、今度は「江川邸」に向かいます。江川様の住んでいたお屋敷が今も残されているのですよ。重要文化財になっています。

重要文化財 江川邸HP

↑あ、ここに江川様の生涯や、業績など、詳しいことが載ってますね。必見!

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江川邸入り口。

大河ドラマ篤姫のポスターがありました。篤姫の実家として撮影に使われたそうな。島津本家の養女になり実家を出て行くシーン。そういえばこの門だったなー。思い出します。

入り口で入場券を買い門を入ったところで、おじさんに呼び止められました。ここでボランティアでガイドをしてくださってるおじさんです。おじさんいわく、ただ回って見てるだけじゃ古い家を見て終わりになってしまう。一緒に説明を聞いて行かれなさい、と。

せっかくなのでご好意を受け、他の観光客の皆さんと一緒におじさんのガイドを聞きながら回ることにしました。

これが大正解!!

ガイドブックには載っていない江川家の歴史やエピソードなど、楽しい話をいっぱい聞かせていただきながら建物を回ることができました。今回の旅行であちこちに「無料ガイドいたします」っていう貼り紙があったのですが、そういえば下田の玉泉寺にもあった。あっちでもお願いすればよかったね?と、後で思いました。

特にこういう歴史を訪ねる旅では、現地のガイドの方のお話は、あった方が2倍3倍楽しめると思います。

江川様のお屋敷は、伊豆という日本有数の地震多発地域でありながら悠然とその姿を保ってます(補修工事はあったそうですが)。また、鎌倉時代から一度も火災にあっていないのだとか。

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この天井の組みっぷりスゴイ!…一番てっぺんには小さな御厨子があって、そこにはかつてこの地に流刑された時の日蓮聖人自筆の曼荼羅が納められているんだそうです。それがこの家を守ってくれているんだそうな。

伊豆という豊かな土地の代官屋敷でありながら、華美なところはまるでなく、本当に「質実剛健」なお屋敷です。江川様ご自身も真面目で質実な方だったというエピソードで、お嬢さんが新しいすずり箱が欲しいといったときに、お菓子の木箱に江川様が直々に梅の絵を描かれてこれを使えと渡した、というのがあり、その箱が飾られていました。

家も土地も、その「主」の人柄が色濃くでるとつくづく思う。会津に行った時も思ったんだけど、昔からの政治が良かったところは今もやはり風景がいいと思うから。

富士山の雄大な姿と温暖な気候、風景の中にある江川邸は、大きくおだやかに落ち着いたとても「真面目な」お屋敷でした。

この日は年に数回という、中庭の一般公開日でもあって見学することができました。心字池にたくさんの紅葉。秋に来たらきれいだろうな。

ガイドのおじさん、いろいろありがとうございました♪

さて、江川邸をあとにし帰路につきます。沼津で遅いランチを食べ(せっかく沼津だけどお魚はもうお腹いっぱいなので洋食^^;)、高速道路へ。

あーGWも終わっちゃったー。でも楽しかった♪今回実はデジカメのメモリーカードが壊れてて撮影ができず、写真はすべて携帯で撮影。でもまあまあ上手く撮れてたね。充電器持っていかなかったので最終日に電池がなくなりあまり撮れなかったけど。

家に帰ってから「風雲児たち・幕末編」を読み直したのは言うまでもありません!
いつか萩にも行きたいものです。

とりあえずおしまい★

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