今年のお正月は喪中だったので、年始の挨拶を遠慮させていただく旨の葉書を送ったのですが、同じようにも頂きました。頂いたのは4枚。うち3人は同級生でした。
自分もそうだったけど、そういうトシなんだなあって思います。。。
私の母はとりあえず今は元気です。ていうか毎日のように電話がかかってきて、時々正直しんどい時もあるのですが(実母ゆえの遠慮のなさです、はい、適当に聞いてあげたり聞き流したりしながら、私も少しはそれに慣れてきたようです。
しかしだよ、
「なんだか雨が降ってるから気が重くなって、さみしくなって電話しちゃった♪」
とか言われると、
ううううーむ、ちょっと「重たい」彼女を持ってしまった男の気持ちってこんな感じかな、なんてぼんやり考えたりして・・・ちと違うか(^_^;)いやでもあながち間違ってない気も。。。
親もそれぞれ、子もそれぞれ、なので、老いていく親との向き合い方は家族によっていろいろあるけれど、子供としてはやはり親の老いは、いつか必ず向き合う時が来るよね。
「万能な大人」がいつか「対等の大人」になって、いつか「保護するべき人」になる。。。
父のときはまだ母がいた。まあ母は母で最初はパニくり&大騒ぎだったのでフォローも大変だったけど。
私だって本当はもっと父の病気を嘆きたかった、悲しみたかった、なんで?なんで?と母にぶつけたかった。でもその役目はもう「私」になってしまった。母の前では父のことではもう泣けなくなってしまった。
「父の自宅介護は私には絶対に無理」
と、母が言い切ったのも、正直恨めしく思った。父がかわいそうだと。
でも今思うと、母が早い段階でそれを決断し、そこだけは最後まで迷わなかった事に、私や兄は助けられたんだと思う。
母は弱いようでいて、実は一番強かったのかもしれない。
今とりあえず母が、そしてゼツの両親が元気でいてくれることに感謝して、そしてまたいつかきっと来る「その時」に、必要な心構えってなんなのか、そのへんがすこし、わかってきたような気がする。。。