すこし春。 | Rucca*Lusikka

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ちょっとうれしい事があった。

おととい父の妹2人が父の入院する病院に、そろってお見舞いに来てくれてたらしい。

父の妹の長女の叔母は、長いこと病院でヘルパーのお仕事をしていたので、ほとんど今寝たきりになってる父の髭を剃ってくれて、体をタオルで拭いてくれて、手足の爪まで切ってくれたらしい。(今入院してる病院はそういう病院じゃないのでそこまではなかなかやってもらえなかった)

父は今、意識があるんだか無いんだかわからない状態なんですが、前日に母が行った所、前にあったせん妄的症状はいくらか和らいで来てたらしい。

そんなわけで、まだまだ会話ができる状態ではないんだけど、叔母2人はしばらく父のベッドの横で、たわいない昔話をずっとしててくれたらしいです。そのおかげか最初はこわばってた父の表情が、叔母たちが帰るころにはずいぶん穏やかになって来てたって。

母が叔母にお礼の電話をしたら、そんな様子だったと教えてくれたそうです。

「絶対にね、わかるのよ。意識が無いように見えても。だからあんまり嘆いたり怖がったりするよりは、明るい話をしてあげたり、体をさすってあげたり、そうするとね、顔つきも変わってくるのよ。」

母はこの電話の後、私に電話をかけてきたのですが、

「お母さんは今まで間違ってた。お父さんは良くなると信じて頑張ろうと思う」

と言ってくれた。なんだか涙が止まらなかった。ああよかった。やっと母の気持ちが前向きになってくれた。。。

父が倒れて以来、母はずっと悲観的で、父の入院後も、父の症状を見るのが辛くて耐えられないと言って病院に行くのを怖がって、一緒に行ってもほとんど父の顔も見れなくて、父が大声を上げたりするだけでもビクビク怖がってしまって。。。

お父さんが死んじゃったらどうしよう、それよりもまたこの状態のまま退院させられちゃったらどうしよう、とウツ状態になりそうだったので、私もあまりきつい事も言えず。

ワタシ的にはお母さんがずっとこうだったらどうしよう・・・。と不安でした。同時に本心を言えば、

「なんだよ、45年近くも夫婦やってきたくせに!」

という気持ちでいっぱいでした。なんだか私まで年をとることに不安になって、早くも老人ホームの事をいろいろ調べだしちゃったりして・・・さらにその金額や実態にますます悲観的になっちゃったりもして。

父が倒れて以来、いろんな人が母を励ましてくれたり、手助けをしてくれたり、と、その点で母は非常に恵まれていたと思う。

でも、父が在宅中、昼は絶えず誰かしら代わる代わる来てくれてて、「本当にありがたいね、よかったね。」と言っても「でも夜は独りぼっちだし、その間に父が変な行動をしたらどうしよう」・・・と、すべてそんな感じだったのですが。。。

やっとここに来て、母の決意が固まったんだなぁ・・・やっぱり「時間」っていうものも必要なんだ。父の妹の叔母たちも、最初から変わらずずっと励まして手伝ってくれていたわけなんだし。

本当に良かった。

母の決意が固まったのなら、父の健康が回復すれば、もしかしたら父はまた家に帰る事ができるかもしれない。

私も子供として、両親の45年という夫婦の歳月を信じる事ができて嬉しい。

本当はそれが一番嬉しいのかもしれない。