横溝ミステリー | Rucca*Lusikka

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そんなわけで?ここんとこすっかり横溝正史にはまってしまいました(^_^;)とりあえず読んだのはゼツの本棚にあった、

犬神家の一族 (角川文庫―金田一耕助ファイル)
犬神家の一族 (角川文庫―金田一耕助ファイル)

八つ墓村 (角川文庫―金田一耕助ファイル)
八つ墓村 (角川文庫―金田一耕助ファイル)

悪魔が来りて笛を吹く (角川文庫―金田一耕助ファイル)
悪魔が来りて笛を吹く (角川文庫―金田一耕助ファイル)

の三冊。どれも映画にもなってるしドラマにもなってるので、なんとなくストーリーは覚えてはいたけど、誰が犯人とかまでは覚えてなかったので(映画をみちゃった犬神家は除く)、楽しく読めましたです。

読後感想ですが、ミステリーなのでネタバレに気をつけたいと思いつつ・・・。

まず横溝作品を読むのは初めてでしたが、思いのほか文章が読みやすかったのに驚きました。昔の小説だから読みにくいと決めていたので・・・もちろん人気作品だから何度も重版されて、旧仮名使いとかが改定されているのかもしれませんが。

あと、みんな昭和20年代前半、戦後間もない頃を舞台にしてあります。その時代の人間の価値観や世間の決まり、ついこの前まで戦争があったということ、そういう『時代』をなんだかとてもリアルタイムに感じることが出来ました。

横溝作品であれこれググるとよく書かれているのが、単なる謎解きミステリーではなく、人間の業とかそういうのを浮き出した小説である、と。

たしかにそうで、私はあまりミステリー小説慣れしてないのですが、謎解きや犯人さがしを楽しむというよりは、動機はなんなんだろう?と思いながら読むものばかりでした。

まだ以上の3作品しか読んでいないのですが、共通してるのはどの事件も、その地方の権威ある名家などの上流階級の一族を舞台にした殺人事件ですね。で、けっこう家族関係がややこしい・・・事件の源流には必ず良からぬ男女関係があって、それを因縁とした呪縛が一族にのしかかる宿命となって・・・悲劇が起きる・・・といった感じ。

時代なのでしょうが、長男至上主義、男尊女卑、そんなのの露骨さがすごいなぁ・・・と。

話が外れますが、昔、私がまだ小学校三年生くらいの時、信州の祖母の実家に家族で行ったことがあったのですよ。当時そこには祖母の弟一家が住んでいました。田舎の家なので大きくて、祖母、父母、兄、私の5人を泊めても全然余裕な広さのお家でした。

祖母の弟には娘が2人いて(母から見て従姉妹)息子はいなくて、同居してる姉の子供は娘が2人、近くに住む妹には娘がひとりと、ずいぶん離れて当時4歳くらいの息子がいました。

子供の目から見てしかも短い滞在だったのにもかかわらず、この4歳の息子に対するまわりの人間の愛情がすごかったのを強烈に記憶しています。またコイツがクソガキだった!!詳しくは覚えてないけど、小ずるいというか、一番年が近い私に対して横柄というか・・・また周りがこのお坊ちゃまに対してものすごい一喜一憂。泣けば大騒ぎ。

今思うとヤツがこの家の待望のたった一人の男子だったからなんだろうなぁ。で、この家の人はみんな私の兄にはちやほやちやほや・・・妹の私にはほとんど無関心。たぶん母に『なんでこのお家はお兄ちゃんばかり可愛がるの?』と聞いた気がする。

私が人生で最初に感じた男女差別はこの家だったといえるかもしれない。子供心に理不尽でしたわ。

今回横溝作品を読んで、この理不尽な感じが蘇りましたね?。

昭和20年代、名家、ときたらやはり男尊女卑、長男至上主義、なんて当たり前の価値観だっただろうし、名家といわれる家の大旦那さんだったら妾をもつのだって当たり前?だっただろうし。

でも読んでて腹が立ったのは、暴力で拉致されて無理やり監禁されてしまった娘が、相手がその地方の権勢ある家の長男だということで、仕方がないからあきらめて、その男の妾になるように周りから、実の親からも説得されてしまう話とか・・・。

華族の別荘にお手伝いに上がった娘が孕まされて帰ってきたときとか・・・。

父の長男を産んだ妾に、三人の娘が凄惨なリンチを与えたときとか・・・。

人権弁護士さん呼んで来て下さい??!あ、あと警察もね!!

って叫びたくなりますよ。ヽ(`Д´)ノ

結局は男のそんな身勝手というか、横暴さの結果がこれらの悲劇の発端に全てなってるんだけど、それを許す女たちがいたこともいけないんじゃ!と、なんだかどこぞのフェミニスト女傑のようになってまいりましたが(^_^;)

最近、昔のドラマのリメイクが流行りなのか、華麗なる一族とか、ちょっと前には氷点とか、白い巨塔とか、ここ何年かで随分と放映されてきた気がします。犬神家の映画もそうですし。

私は普段あまりドラマを見ないので、どの話もあらすじでしか知らないのですが、前に『氷点』をやってたときの5秒CMの、

「憎くて憎くて仕方がないわ!!」

というのが妙に印象的で・・・(^_^;)

で、こういう昔のドラマのドロドロっぽいのって、すごく「憎しみ」がテーマなんですよね。近親憎悪も含めて。で、現代でこういうのを見るとイマイチ理解しにくいのがこの「憎しみ」なんです。あ、私の場合ですが。

そんなさー、憎んでたってしょうがないじゃん??ポジティブにいきましょうよ??♪ってどうしても思ってしまって、感情移入できないんですよね。

犬神家にしても悪魔が来たりてにしても、八つ墓村にしても、男尊女卑の時代の男の尊大な暴力を発端にした悲劇からはじまる憎しみがベースになってるんだけど、今の世の中そんなに深い憎しみや悲しみは生まれにくいよね。

まぁ、小説だからあえてそういうところを大きくしてるのでしょうけど。

それにしても、そんな愛憎深いドロドロ怨念の濃い感情というのを持ちにくいのが今の世の中だとしたらとても幸せなことなんだけど、

反面、生首が置かれてたり、バラバラにされていたり、猟奇と呼ばれる殺人事件が珍しくもなくなってしまったのが今の世の中でもあって。。。。
そういう意味で、深い悲しみ、憎しみや恨みの末、だけが原因でなく、ついカッとなって、とか、動機を書いたら数行にしかならないようなことが原因での悲惨な殺人が増えてるんだなぁって思ってしまいます。

横溝正史が今も生きていらしたら、21世紀の現代を背景にしたミステリーは書いてくださるのでしょうか・・・ね。

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