最上の状態について | Rucca*Lusikka

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横浜のwebデザイナー&ライターRucca(ルッカ)のサイトです。ノート術で人生を楽しくおもしろくすることをテーマにブログを書いてます。

ちょっと前だけどダンナと車で移動中、車内のBGMが宇多田ヒカルのベストCDだった。渋滞してたので思いのほかじっくりと、彼女のデビューからのシングルを順番に聴いてしまいました。

「う?ん、15やそこらで ”最後のキスはタバコのflavorがした ニガクてせつない香り”って歌詞がかけるってどーなんだろうね??」

「全部実体験ってなワケないじゃん」

「そりゃそうだろうけど?、映画や小説いっぱい読んでいたとして、たとえば想像とかでもさ、こうかけるってスゴイよね」

宇多田ヒカルってのは30代40代の大人相手でも聴かせる力を持った稀有なシンガー&アーティストだというのは、私がいうまでもなくとっくに周知の事実なワケですが。

天才っていうのはこういう子の事をいうんだなぁ?って改めて思ったりして。わずか15年しか生きていないのに、多くの人間に共感をもたらす言葉をつむぎ出せて、なおかつそれは古臭くなく、どうしようもなくやはり15歳という年齢からでしか生まれ得ないもので、しかもちょっとおもしろい言葉遊びを織り交ぜながら、歌にしてさらに歌う、と。・・・すごいよなぁ。

こういう感性の子はたとえば一回の恋愛だけでも、いやもしかしたら片想いだけでも、いやもしかしたら映画を一作観ただけでも、珠玉の名曲を100通りでもかけてしまうのではないだろうか?なんて思ったりしてしまう。

19歳で結婚、というのもすごく分かる気がする。ニュースで知った時は驚いたけど、相手がうんと年上で、しかも仕事上でも良きパートナーになりえる人、というのでとてもいいコトだと思ったし、結婚したての頃の彼女の楽曲はワタシ的にはとても好きな曲が多いです。

丁度宇多田ヒカルが結婚した頃に自分も結婚したので、4年半という時間はほぼ同じ。なので離婚のニュースが流れた時はちょっと残念に思いました。

公式のHPによると離婚の原因は、

互いに変化する中で、思い描く未来図や夫婦像の方向性に、徐々にズレが生じました。国際的な活動をしながらのすれ違い生活の中で、コミュニケーションが不足してしまったのも大きな理由です。

↑宇多田ヒカル

創作の厳しさや苦しさ、そして孤独をお互い抱えたまま、相手に甘えるという事が最後までできなかったように思います。

↑紀里谷和明(夫)

うーん、宇多田ヒカルのほうのコメントはなんだかよく聞くような理由だなぁと思いつつ、逆に紀里谷氏のほうはなんだかすごくリアルな気がした。

お互いの仕事にお互いが理解があって、お互いの才能を高めあえて、ダンナさんは彼女の若さを充分にフォローできる大人であって、なんだかある意味超理想的な相手同士だった気がするんですけどね。

このニュースを見た友達が某所で面白いこと書いてたので勝手に引用(ごめんよぉ?)

「すれ違いで分かれる芸能人って多いけど、一人の時間が沢山持てて
仕事も互いに充実してて、何が問題なんだろう?
亭主元気で留守がいいってのが、私の理想なんだけどな(^^;) 」

うーーーん、た、たしかに(^_^;)

ただちょっとわかるのが、2人でいるとケンカのダメージってものすごく大きいのだ。おそらくすれ違うダメージっていうのも計り知れないんじゃないかと思う。仲良くなって夫婦になったわけだから、「最上の状態」が私にとっては「平均」であり「普通」で「あたりまえ」でなくちゃ嫌だ。とりあえず私は絶対に嫌だ。

少しの隙間も白けた空気もたぶん嫌だ。だからケンカはすごく嫌だ。ケンカすると「ひとりでいたほうがまし」ってすぐ思ってしまう。一緒にいながらすれ違う状態なんてがまんできないんじゃないかと思う。・・・なんとなく、少しのきっかけで別れる夫婦っていうのはこういうパターンが多いのでは??と、思わなくもない(^_^;)

幸い?私らは凡人なのでそこまでは繊細な感情を持ってない。けどアーティスト同士というのはやはり繊細な人同士なので、すれ違うダメージはそれだけで堪えられないくらい重かったのではないか?と想像できなくもないです。

「最上」でいられなくなるとあとはお互いダメージを受け続けてしまう関係、というのはいいのか悪いのかは別として確かにあると思いました。

うーん・・・それじゃあどういう関係になっていくのが理想なんだろうね??

答えというわけじゃないけど、こういう言葉を見つけました。


「愛し合うと、男と女は段々双子への道をたどって行くんだ」

山田詠美さんのお言葉であります。「ラビット病」という著書の中にあるそうです。私は未読なのでこのセリフの前後のことはわからないのですが。

詠美さんの小説は何作か読んだことがあります。「トラッシュ」「放課後の音符」「ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー」「オニオンブレス」・・・けっこう好き嫌いの別れる作家さんだと思います。私も読めるのとダメだったのと両方アリ。

じゃあ、男と女が結婚してだんだんお互いに狎れあい、男と女であるよりも「家族」になってしまうのは、果たしていい事なのだろうか?

私はそれはそれでちょっとイヤ・・・。

が、

「双子への道をたどる」っていうのはなかなかいいかも?と思ったのでした。

うーん、この言葉だけだと「結局自分自身が一番スキっていうこと?」みたいなニュアンスに受け止められそうだけど。そういうんじゃないんだよなぁ?。自我は自我として変わりようはないと思うし。

「双子になる」じゃなくて「双子への道をたどる」っていうのがね、なんかいいな。

とはいえまだこの著書自体を読んでいないのでなんとも・・・今度読んでみます(*^_^*)

3/17追記*「ラビット病」本屋さんでぱらっと読んでみたんですが・・・ちょっと読めないタイプの詠美さん本かも(^_^;)なのでこのセリフだけで良しと思うことに(とりあえず)しますo(_ _*)o

直感ですが、双子への道をたどることは「最上」を継続していくことにもなるんじゃないかな?って思ったわけでした。ま、あくまでもカンです。

宇多田ヒカルの新曲、

♪ありがとうと 君に言われると なんだかせつない

・・・ああいい曲だよな。これからもがんばって欲しいです。

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