私の実家は横浜からさらに電車で30分ほど下ったいわゆるベッドタウンにあります。ベッドタウンといっても新興住宅地ではなく古くからある下町で、駅へも徒歩で行けるし不便な場所ではないのですが、坂が多いため新しい住人が少なく高齢化が進んでいます。
私が中学の時に今までの古い家を建て替え、一人で住んでいた父方の祖父と同居し、多いときは5人家族でしたが今は母が一人で住んでいます。
近所も似たような独居老人が多い町内です。
なんの変化もないこの町に、4年ほど前ちょっとした「風」が吹きました。
丁度、私の父が深刻な病を得て入院し、一人暮らしになった母の精神状態が少し不安定になったころです。ずっと空き家になってた隣の築30年ほどの家に若い姉妹が引っ越してきました。
空き家に人が入るだけでも心強い上に、越してきたのがあいさつもしっかりした明るくさわやかな美人姉妹ということで母は喜んでいました。
そしてしばらくしたころ、なんと姉妹は家をリフォームしささやかなカフェを開店したのです。
こんな年寄りばかりの町で、何もない町で、駅から歩けるとはいえ車も入らない坂の上の家で、カフェだなんて大丈夫だろうか?お客さん来なくてすぐ潰れちゃうんじゃないだろうか?母もまわりの人も私も、こんな場所でカフェを開店する姉妹が不思議でした。
姉妹のカフェは、週末だけオープンというのんびりしたスタンスで、古い平凡な木造の家をかわいらしく飾った店内には絵本などがたくさん置かれゆっくり読めるようになっていて、時々ワークショップを開催して何やらアクセサリーなどを作っていたり、ミニコンサートをしていたり、と、お客さんは近所の人の他には、おそらく姉妹のお友達やつながりのある人が遠くから訪ねてくるようなカフェでした。
私も実家に行った時に何回かお邪魔しましたが、手作り感のあるあたたかい内装で、食事も今風のカフェごはんでヘルシーに美味しく、姉妹は育ちの良さが伝わってくるとてもかわいらしいお嬢さんがたで、このなにもない町をとても気に入ってくれていて、町内会のじーさまたちにとってもアイドルでした。
・・・いやしかし、この町で、この場所で、カフェを開くなんて、地元の人間だったら絶対に考えもつかないことです。
よく田舎の町にムーブメントを起こすのは「よそ者」「若者」「バカモノ」というけれど・・・もちろん姉妹は「バカモノ」ではありませんが・・・変わり者?・・・ま、まあ、とにかく「地元の人間」は絶対にやらないですね。
多分、カフェで儲けようとか生計を立てようとかそういうのではなく、姉妹は純真に「好きだから」やっていたのだろうと思います。(平日昼間は会社勤めをしていたそうです)
そんな近所に愛された姉妹のささやかなカフェでしたが、残念なことに去年、姉妹のお父様がご病気になり、惜しまれつつ姉妹はお店を畳み実家へ帰ってしまいました。
週末ごとに通っていた母はがっかりしてしまいました。姉妹ファンのじーさま達もおそらくかなり・・・。
しかしその後ひょんなことで、姉妹のカフェで出会い、最後の日に一緒に片づけをしていた常連客や姉妹のお友達の方々が、姉妹のお店の看板を隣の我家の庭に移してささやかな畑をはじめたのです。
ていうのも、うちの実家の庭は広いほうなのですが(といっても大したことはないです)、母は庭仕事がキライで全然手入れができない。夏場は雑草が生えて大変だ、という話になった時に、一人の青年が「畑を作らせてほしい」と申し出たんだそうです。
そんなわけで姉妹のお友達の青年と、カフェの常連客だった近所のおじちゃんおばちゃんたちとで、我が実家の庭にかわいい畑ができました。
中でも青年は畑に熱心で、時々やってきては世話をし、母と雑談してたまにご飯を一緒にたべて帰っていく。今時珍しい?年寄りに普通にフレンドリーな青年なのです。父が亡くなってからずっと塞ぎがちだった母が、やっと元気になってきたのもこの頃で、私もああ良かったなぁと思っていました。
そんな時、母の姉である叔母から珍しく私に電話がありました。
母よりこの青年の話を聞いた母の友達が、母は嬉しそうだから言えなかったけど、一人暮らしの老女宅によくわからない青年が出入りするのはなにやら危険なのではないか?(オレオレ詐欺とかまあいろいろありますし)と心配し、母の姉に電話をし、母の姉(叔母)も母には直接言い出しにくく、私にかけてきたというわけなんですが・・・。
母の友達や叔母の心配も、まあそれはもっともな話で、とりあえず私もその件は知ってるし、母もずっと商売をやってきててそんなに箱入りババアというわけでもないから大丈夫だよと言っておきましたが。
青年は今カフェで修行中で、将来は自分のお店が持ちたいそうなんです。お金はあまりなさそうで昼夜働いています。春には母とその友達のばーさん3人を車でお花見に連れて行ってくれるような優しい青年です。
かつて5人家族だった私の実家は、今は空いてる部屋がいくつもあります。兄も私もおそらく今後実家に住むことはないと思います。庭はすでに半分畑になっています。母は水を上げるだけで、雑草むしりなどは青年がやってくれています。収穫があったら母が料理して皆で食べてるようです。
母はずっと料理関係の仕事をしていたので、食にはうるさく手際もよく料理もうまいです。青年は実家で母と組んで?カフェをやりたいようなことを話すそうです。
しかし母は
「いまさら商売なんて面倒な事はぜーったいにゴメンだ」と言っています。
私は今のところおもしろがって「やればいいのに?」などといってます。
先日は、夏のお祭りの時に姉妹がこっちに遊びに来るということで、姉妹の宿泊用にと物置になってた部屋をきれいに片付けてくれたそうです。
なんとなく青年にいろいろ侵食されている気がしなくも無いです(^_^;)
姉妹からは時々母に手紙が届いています。一度見せてもらったけれど、若いのにものすごい達筆で、真心ある文章のお手紙でした。育ちの良さってこういうところに出るんだなあと思いつつ読みました。
さて、
今後実家の畑はどうなっていくのでしょうか?青年のカフェ計画はどうなっていくのでしょうか??
娘といたしましては、叔母の心配もちょっとはわかっていますが、なにより母が楽しそうだし、近所の人もいるし、今のところはこのまま見守っていこうと思っています。
こういう他人同士の年寄りとワカモノのベストマッチみたいなのって、今後もっと増えていったらおもしろいんじゃないかなとも思ったりもします。
何もない年寄りだらけの町に姉妹が通した風が、今後どうなっていくのか楽しみな気もしたり。