40年ぶりに続編が描かれた萩尾望都先生の「ポーの一族」、その新シリーズ「春の夢」が、先月末に発売された月刊フラワーズ7月号で終了しました。
自身の代表作でもある作品の続編を、40年という歳月を経て再び描きはじめる作者のパワーにも驚くし、その作品が単なるスピンオフや外伝ではなくしっかりとした「新作」であったことにも驚く。
さらにこれまでは「歳を取らず、死ねない、永遠の14歳として生きる少年」である主人公エドガーに代表されるような、美しくも悲しいファンタジーとしての「バンパネラ」という種族に、「不老不死であることの醜さ」まで肉付けしていきそうな予兆まで孕んでいて、この予想の遥か斜め上を行ってくれた新作にただもう脱帽するばかり。
「春の夢」のエピソードは終わったけれど、来春からまた新シリーズがはじまるというので今からもう楽しみでならない。
「春の夢」は最終回の前の回で「次が最終回」という予告がなかったため、それを知ったときは「あんなに広げた伏線をどうやって一話で回収するのだろう?」と疑問だったのだけど、読んでみれば怒涛の展開に驚きながらもきれいに回収されていて、更には新シリーズのへの期待が膨らみすぎるくらい膨らむという素晴らしさ。
さすが「グレンスミスの日記」を24ページで描ききった天才漫画家の、物語の構成力・凝縮力という華麗な神業を再び思い知り、その「芸術」にたっぷりと酔わされてしまいました。至福です。
この至福を多くの人に味わっていただきたいとまたブログに書いている次第。
- 以前書いたポーの一族に関する記事はこちら→ポーの一族の素晴らしさを未読者を沼に引きずり込むつもりで書いてみる。 | Rucca*Lusikka
ポーの一族を未読の人はぜひこれをきっかけに読んでみてほしいし、読んだことがあるけど昔のイメージを壊したくないと言って続編を読むのを躊躇してる人も、お気持ちは否定しないけどやはり読んで欲しい。
コミックスは7月10日に発売です!
新しいポーの一族「春の夢」とは?※この先ネタバレ
さて、この先は「春の夢」のネタバレが出ますので、単行本まで待ちたい人は注意して下さい。
「春の夢」の時代設定は第二次世界大戦中の1944年。舞台はイギリス・ウェールズのアングルシー島。
ロンドンの空襲で被災したエドガーとアランは、戦火を避けるため「後見人」の紹介でこの地にやってきます。そこで出会ったのがドイツからきたユダヤ人のブランカとノアの姉弟。
ブランカは16歳、弟のノアは11歳。
エドガーは、駅?でふと見かけた「はぐれてしまった小鳥のような心細い目をしている」少女ブランカに心惹かれる。
ドイツのハンブルクで楽器職人&音楽家だったブランカ両親は、ユダヤ人への迫害がひどくなってきた5年前、オランダに移りそこから母の姉の嫁ぎ先であるイギリスの「オットマー家」へ子どもたちを先に疎開させたのだ。
イギリスにとってドイツは敵国。
ドイツではユダヤ人として迫害され、イギリスでも(リバプールの名家であるオットマー家に庇護されているとはいえ)周りから「敵性国民」として見られ緊張が耐えないブランカ。
目立たないように、問題を起こして伯父と伯母に迷惑をかけないようにと細心の注意を払いながら、一番の気がかりが弟のノア。
ノアは子供らしい無邪気な性格だけれど、今で言うアスペルガーだろうか。天才的な音楽センス(絶対音感があり聴いた曲は一度で覚える)を持ちながらも、多動でおとなしくしていることが出来ず、場の空気を読めないからどこで何を言い出すかわからない。
「戦争が終わって両親と再会できる日まで、私はノアを守らなくてはいけない」
危なっかしい弟に常に注意を払い、周囲に気を使い、心細くて泣きたくても泣かずにずっと張り詰めているブランカの佇まいに、エドガーは何か感じ取ったのかもしれない。
オットマー家の別荘がこの島にあり、彼らも疎開とオットマー氏の病気の療養でリバプールからこちらに来ている。オットマー館に近い、小川の向こうの赤い家に住むエドガーとアラン。エドガーは部屋でシューベルトの「春の夢」のレコードを掛ける。
ドイツ語の歌詞のその曲を、音楽に特別な耳を持つノアが聴き、赤い家のドアを叩く。
「ここ、僕の家?」
昔ママがよく歌っていたこの曲を聴いて「自分の家」と思ってしまったのかもしれない。
そこからエドガーたちとブランカ姉弟の交流が始まる。
最初は「ノアにドイツ語の歌なんて聞かせないで!」とツッパるブランカだけど、エドガーの巧みな質問(エドガーは相手の本音を引き出す会話の天才)に、ずっと隠して押し殺していた自分の感情を吐き出してしまう。
泣きながらドイツ語で「春の夢」を歌いだすブランカ。「こんな世界、大っ嫌い!」と叫ぶブランカ。
抑えてきた感情の爆発に上気して、自分のことを一気に喋りまくるブランカ。穏やかにそれを聴くエドガー。
エドガーの前だと自分を開放できる、泣ける、叫べる…。
エドガーはそんなブランカに対して「きみはぼくの春の夢だ」と思う。エドガーにとっても、愛するものを守るために必死で生きているブランカの姿に、妹のメリーベルを守り続けてきた自分を重ねたのかもしれない。
「春の夢」の第一話はこんなふうに、戦時下の少年少女の淡く儚い初恋の物語になるのかな?という予感から始まったのだけれども…。
第2話からの新展開と新たに明かされた一族の謎
春の夢第1話発表から約半年後、第2話がスタートしさらに各月連載となりました。ここはリアルタイムで毎月追っかけたいと思いウン10年ぶりに少女マンガの月刊誌を購読することに。
大人になるとひと月なんてあっという間、え?もう続きが読めるの!?という、少女の頃には感じなかった喜びに包まれる5ヶ月でした(笑)
そして2話からは怒涛の新展開が始まったのです。
これまでの旧作で「ポーの村」というのは、バンパネラであるポーの一族たちの隠れ里で、一年中バラが咲くという幻想的な村だった。
そこへ迷い込んだ若き日のグレンスミスは、桃源郷のような村と、そこで出会った吸血鬼の少年エドガーとメリーベル兄妹について日記を残す(1865年)。
その不思議な村の日記は、戦争から戦争へ続く苦難の時代を生きたグレンスミスの娘・エリザベスの心を折々に癒やしてくれていた。そしてエリザベスから日記を受け継いだ孫のマルグリットは「グレンスミスの日記」として出版する(1960年)のだ。
しかしエドガーとメリーベルがポーの村に住んでいた時の話は、グレンスミスが迷い込んだ時のエピソード「ポーの村」にしかない。あとは「ポーの一族」の冒頭にポーの村を離れる時の描写が少し。
旧作の中では、男爵一家がポーの村を離れた理由は「新しい血を探すため」だったと思う。
ポーの村のバンパネラたちは、普段はバラで捕食しているけれど時々人間の血が必要になる。特に体の弱いメリーベルには新しい血が必要。だから男爵一家は新しい生贄を探すために村を出てきた(1879年)。
村を出た男爵一家がその後村に戻った描写はないが、「エヴァンスの遺書」エピソードは1820年なので、それまでは村と外を行き来していたのかもしれない。
男爵夫妻とメリーベルが消失したあと、エドガーはアランとともにポーの村への入口を探している描写がある(「ピカデリー7時」)。ポーの村の入口は人間たちに見つからないように隠されているのだけど、エドガーはその入口を知らなかったのだろうか?
そんな不思議に包まれたミステリアスなポーの村。
グレンスミスの娘・エリザベスが憧れたように、読者の私達も「永遠のバラが咲く、不老不死の一族が住む不思議な村」に対するファンタジックな憧れがこれまでにあったのだけど、この「春の夢・第2話」ではその憧れがけっこうなダメージを持って打ち砕かれます(笑)
それはこちら↓
「春の夢」で明かされたポーの一族とポーの村の実態
- 世界に吸血鬼はポーの一族(クラン)だけではなく、他の一族もある(今回新登場のファルカの一族など)
- ファルカには「瞬間移動」という特殊能力がある。バンパネラ化後に身についたらしい。
- ポーはイングランド・ヨークシャー地方の一族。しかし大老ポーは世界の吸血鬼の中でも最も古くから存在するらしい。
- 大老ポーは他の一族との連携を持ちながら、主にイギリスを管轄しているらしい(ずっと寝てるだけではなかった)
- ポーは勝手に一族を増やしてはいけない。ポーの一族になるには仲間の承認と儀式が必要。メリーベルは男爵夫妻のとりなしのおかげで事後承認してもらえた。
- エドガーが独断で仲間に入れたアランはポーの一族として認められていない。
- バンパネラは不老不死だけどパワーが落ちると外見が老いる。血統の良い血(大老ポーの直系)、新しい血を得ることで若返ることができる。
- ポーの村では毎年ひとり若い人間を捕まえて、1年掛けて順番に血を吸い最後に殺している(外で狩るより安全だから)
- ポーの村人たちはバラの世話をする他はほぼ寝ていて、生きてるのか死んでるのかよくわからない暮らしをしている。
などなど、ただもう驚き!
ポーの村は実はけっこう恐ろしい村だった。ポーツネル男爵一家が村を出たのも「メリーベルが生贄の若い女性に助けを求められ、エドガーが彼女を逃した」から村にいられなくなったというのが真相だった。
今回の春の夢では、こうしてミステリアスなままにしていた「ポーの一族」の謎にかなり深く切り込んでいる。
これはもともとこういう世界設定で書き始めていたけれど、若き日の萩尾先生は「少女マンガ」としてはちょっとエグいので描かなかった部分なのだろうか。
それとも、60歳を過ぎ様々な人生経験をつみ、人間への洞察力の目を磨いてきた作家としての自然な新しい表現なのだろうか。
もしかしたらこの先にさらに今の萩尾先生が描きたいテーマがあるからこその連載再開なのかもしれない。
春の夢で不老不死の「老害」を描くとは!
今回けっこう衝撃的だったのが、ポーの村からやってきた「クロエ」という女バンパネラ。
大老ポーはどこかで眠り続けているということで(実際はあちこちで働いていた?かも)、ポーの村の長の役割をしている彼女は、9世紀頃に老ハンナ(幼いエドガー兄妹を育てたバンパネラで大老ポーの連れ合い)の手によって一族になったという。
クロエは自分が大老ポーからではなく、老ハンナによって吸血鬼になったことで「血」の濃さがワンランク落ちたことを恨んでいて、大老ポーの直系であるエドガーの「血」に執着している。
エドガーがポーの村と結んだ「契約」とは
「春の夢」では、エドガーはアランを置いて一週間ほど「契約の話だ」と言い出かけている。(旧作の「一週間」という作品でもアランをおいて出かけている)
「契約」とは、クロエを始めポーの村からやってきたバンパネラたちにエドガーは「直系の血(エネジィ)」を与えることだった。
なぜエドガーがそんなことをしているのかというと、それはアランを仲間にしたことが原因。
一族の承認を得てないアランはポーにとって「本来なら生かしておくことも出来ない」存在だった。
ポーの村側にアランに手を出させない条件として、エドガーは年に1回一週間、ポーの村からやってきた7人に「直系の血」を提供するという「契約」をしていたのだ。
「ピカデリー7時」で、エドガーとアランはポーの村の入口への手がかりを探していた。その後村を見つけたのか、村の方から接触があったのかはわからないけれど、ポーの村はエドガーとアランにとっては「安息の村」ではなかった。
ポーの村人たち、想像以上にこわい。
血(エネジィ)を吸い取るために美少年(エドガー)の身体を貪るクロエ(見た目BBA中年女性)がおぞましい。
クロエは金持ちそうな恰幅の良いおばさんなんだけど、エドガーから血をもらってお肌ツヤツヤに若返ったにも関わらず(でも痩せることはないらしい)、「まだ足りない、もっと若返りたい!」と更に搾り取るためにアランを誘拐し、エドガーを脅迫しにやってくる。
そこへ突然現れた大老ポーが、クロエを極限まで搾り取ってカピカピにして(痩せた…)こう言うのだ
・・・長く歳月を重ねると自らの”気”に澱がたまっていく
無用に求め 過剰にあさり さらに飢え 身を滅ぼしていく
誰よりも長い時を生きている大老ポーは、不老不死をこじらせたバンパネラをこれまでも多く見てきているのだろうか。
萩尾先生、なんとバンパネラの「老害」まで描いてしまいました。
なんかもう、不老不死のバンパネラに対するあこがれ的な想いも砕かれました(笑)
さらにポーの村に住むバンパネラたちは、バラの世話をする以外普段は寝てばかりいるらしい。
エドガーは村にいた頃、自分が生きているのか死んでいるのかがわからなくなったという。そんな時にはメリーベルが居てくれた。そして今も時々自分は幽霊なんじゃないかと思ってしまうけれど、アランがそばに居てくれれば、ぼくは幽霊ではないことが実感できると。
不老不死でも「生きてる実感」はまた別なんだね。
愛する人、愛してくれる人、守りたい人、自分を必要としてくれる人、自分を映してくれる人がいないと、生きている理由も実感もなくなり「幽霊」になってしまうのだ。
アランはエドガーに庇護されてないと存在さえ許されない立場にいるわけだけれど、アランは「契約」のことは何も知らないから、新作でものんきでワガママ(それでこそアラン)。しかしそんなアランがいることで、エドガーは自分が生きていることを実感できているのだ。
エドガーはメリーベルにもアランにも惜しみなく自分の血をあげている(自分が仲間にして弱い体にしてしまったという負い目もあるけれど)
生きるために与え続けるエドガーと、奪い続けるクロエ。
その後、大老ポーから罰としてカピカピにされ棺に閉じ込められたクロエは、脱走してポーの村のバラを吸い尽くして全滅させ、さらに村の入口付近にいた人間を殺してどこかへ逃げてしまった。
ものすごい「生」への執念、歯止めが効かず膨張しつづける欲望。老害は死ねばなくなるけど、不死のバンパネラが欲望にとらわれてモンスター化したらもう退治して消すしかない。
萩尾先生、この先「欲望モンスター」化したクロエを今後どう描いていくんだろう?そして美しいだけではない「不老不死であること」の醜さをどういう解釈で描いていくんだろう?
旧作の中ではタッチしていない世界への扉がガバッと開かれてしまいました。
ファンタジーのままにしてほしかったととまどう読者もいると思うけど、私はこの新展開を大肯定します。この先がすごく楽しみで仕方がないです。
もちろん「春の夢」の物語はクロエ軸だけではなく多岐にわたっていて、前述したブランカのその後はかなりショッキングな展開になりました。
シューベルトの春の夢は、真冬に明るい春の夢を見たという歌詞がついている。
戦争という冬の時代に、オットマー伯父さんの病気が治って、戦争が終わって、パパとママにまた会えて、エドガーとも仲良くなって、というブランカの儚い「春の夢」がね、最終回で少し悲しかった。
またブランカ姉弟が身を寄せていたオットマー家にも、ポーではないバンパネラ一族との深いつながりが実はあって…と、「春の夢」最終話では、ひとつひとつの「どうなるの?」的な伏線は全部回収されて物語は終わったのだけど、新たに出された新事実の謎が解明されていくのはどうやらこれからで、ポーの続編はけっこう長くなるのではないかと嬉しい予感。
萩尾先生はいま「王妃マルゴ」も連載中だけれど、おそらく半年ごと(単行本一冊分)を交互に連載していくような気がします。
なにはともあれ、リアルタイムで今後の展開を追える歓び!これはすごい!
続編は来春スタートらしい。マルゴもますます佳境に入り、今後は交互に読めるなんてすごい幸せだ。
舞台が「春の夢」の続きからになるのか、ポーの村時代に戻って再びメリーベルに会えるのか、まだ描かれていないクエントン卿とのエピソードになるのか、オービンさん再びはあるか、キリアンのその後はどうなったのか?まさかまさかの「エディス」以降の話になるか???
まだ全くわからないけれど、とにかく来年の春まで世界が平和でありますように。萩尾先生が健康で元気で絶好調でいらっしゃいますように。さらに自分も健康に無事にまた作品を楽しむ事が出来ますようにと祈るのでありました。
まずはコミックス発売が待たれます!7月10日発売ですよ!