映画「風立ちぬ」を観て来ました。
いわゆる「夏休み映画」ですが、評判通り従来のジブリ映画とは違う大人向けの作品でした。私が見に行った劇場にいた人の中に小学生以下と思われる子どもはほとんどいませんでした。
「ワクワクするエンターテイメントとしてのおもしろさ」のある作品ではなく、どちらかというと、風景描写、情況描写、何気ない会話の間、などから、見た人間がそれぞれの感性で物語の行間を埋めていく、という作品だと思います。
ショート率8割以上!新作「風立ちぬ」のヒロインは宮崎作品の王道!? – IRORIO(イロリオ)サイト様より画像を引用
で、私はこういうスタイルの作品が結構好きです。
人間を善悪に分けず、心のなかを説明し過ぎず、受け手の人間の器によっておもしろくもつまらなくもなる。若いころ見た時はつまらなかったけど、大人になってまた見たらとても感動したり、辛い時に見てもなんとも思わなかったけど、幸せになった時に見たらやっと理解できたり。その逆だったり。
「巨匠」と呼ばれるクラスの人の、ある程度やりたいように作品が作れる老年の作品に多いと思います。決して万人受けはしないけど、わかる人にはしみじみと伝わっていく、みたいな。
そしてそういう作品にはどうしてもある種の「年寄りの説教臭さ」がつきものですが、この作品は関東大震災から太平洋戦争へと向かう暗い時代を背景に描きながら、戦争とか、命とか、そういう重いものをテーマにした時の説教的押し付けがましさは殆ど感じませんでした。(もちろん美化するものでもなく)
ただただ美しい空と、愛らしく儚いヒロインと、美しい飛行機への夢。子どものころからの憧れ…強い強い夢。
見終わった後には、「生きねば」という映画のテーマが静かに深く心に残りました。
強い強い夢を貫いた人が見る風景
この「強い強い夢」で思い出した人がいました。アメリカのアポロ計画の中心人物である科学者、ヴェルナー・フォン・ブラウン博士です。
ヴェルナー・フォン・ブラウン – Wikipedia
(なんだか俳優みたいですね)
ブラウン博士も子供の頃からの「宇宙に届くロケットをつくりたい!」という夢を持ちつづけた人でした。
1900年代に入り科学が進歩し、飛行機、そして宇宙ロケット、と「空」に憧れ研究を進める科学者たちは皆、その夢が時代とともに戦争に利用されていくことに苦悶していきます。
映画「風立ちぬ」の中では、主人公の二郎が「美しい飛行機」を夢見て、見続けて、そしてついに創りあげたその飛行機(零戦)たちが1機も帰って来なかった「終戦」を迎えたところで終わりました。「生きねば」の言葉とともに。
ブラウン博士も敗戦国ドイツの科学者でした。
自分の夢が戦争に利用されることに抵抗し、不遇なまま人生を終えた師の姿を見ながら、しかし彼は、軍もナチスも戦争も、全てを利用してでもロケットを飛ばすという夢を貫こうとした人でした。
ヨーロッパを焦土にしたV2ロケットミサイルの開発も、敗戦後祖国ドイツを捨てアメリカへ亡命したことも、全てロケットのため。
そして亡命後は「敵国から降ってきた者」「変節者」という蔑みの中にあってもひるまず、さらに時代が迎えたソビエトとの冷戦と宇宙開発競争をも追い風にし研究を重ね、ついにアポロ打ち上げという夢を実現させたのです。
宇宙を夢みた多くの男たちが、時代にのまれ、ロケットの持つ二面性に躊躇したのに対して、フォン・ブラウンだけは足を止めようとしなかった。戦争を利用し、祖国を捨て、冷戦までをも利用した。
その善悪は別として、その飽くなきバイタリティーに歴史は微笑んだのである。
栄光なき天才たち 宇宙を夢みた人々 (講談社漫画文庫 も 7-1)より解説を引用
ブラウン博士と二郎が重なって見えました。戦争を背景にしながら善と悪の間で【夢】を貫いた姿。
美しすぎるものへの憧れは、狂気と毒をはらむ。最先端の技術は時に生命を奪う悪魔にもなる。
それでもそれでもそれでもそれでもそれでもそれでも、美しいものを追いかけ続けた人間、重いものを背負いながらも、夢を追い続け、追い続け、追い続けきった人間。
”自分の夢に忠実に真っすぐ進んだ人間を書きたいのである”
なんにもない、ただただ青い空。一筋の飛行機雲。
夢を追い続けて追い続けて、「ついに追い続けた」人だけがたどり着け、見た風景の「美しさ」(形容詞をつけるのはやめます)
この映画は宮崎駿の「遺言」である、と言われていますね。
すべての「巨匠」と呼ばれる作家の作品にはその風景を思わせるものがあるのではないでしょうか。私が今そのすべてを感じられなくても。それが「ある」ということは信じられる。
「風景描写、情況描写、何気ない会話の間、などから、見た人間がそれぞれの感性で物語の行間を埋めていく、という作品」
的確に物語に埋め込まれたひとつひとつの敷石が、見る人の想像力で建物全体の姿を見させる。 見る角度によってそれは様々な姿になる。今は充分に見えなくても、「そういうものがある」と信じられるなにかだけは感じることができる。
そんな余韻を持てる映画です。
私達の主人公二郎が飛行機設計にたずさわった時代は、日本帝国が破滅にむかってつき進み、ついに崩壊する過程であった。しかし、この映画は戦争を糾弾しようというものではない。ゼロ戦の優秀さで日本の若者を鼓舞しようというものでもない。本当は民間機を作りたかったなどとかばう心算もない。
自分の夢に忠実にまっすぐ進んだ人物を描きたいのである。夢は狂気をはらむ、その毒もかくしてはならない。
美しすぎるものへの憬れは、人生の罠でもある。美に傾く代償は少くない。
二郎はズタズタにひきさかれ、挫折し、設計者人生をたちきられる。それにもかかわらず、二郎は独創性と才能においてもっとも抜きんでていた人間である。それを描こうというのである。
映画『風立ちぬ』公式サイト・メッセージより本文を引用(大字は私がつけました)
生きねば。…重いけどしっかりと明るいメッセージ(遺言)でした。
参考図書
ブラウン博士の話で一番わかりやすいと思う本(マンガ)です。風立ちぬを観た人にはオススメです。
映画「風立ちぬ」の公式ガイドブックです。
堀辰雄「風立ちぬ」恋愛パート部分の原作ですね。著作権が切れているので、青空文庫でも読めます。