ミヒャエル・エンデの『モモ』を読みました。
児童文学ジャンルなので、子供の頃に読んだ事がある人も多いかもしれない。私は読んでいなかったので今回初めて読んでみたのですが・・・いやこれ大人が読んで充分にいろいろ考えさせてくれる話しだと思いました。
人の話をただじっと聞いてあげることで、その人の中からその人の本当の気持ちを気づかせてあげる事ができる不思議な少女、モモ。
モモは浮浪児として貧しい街の古い遺跡の地下に住んでいる。街の大人たちは誰もがモモと話す事で心をスッキリさせる事ができるので、モモは街の人たちに愛され育てられている。子供たちはモモと一緒に遊ぶと、たとえば空き箱がひとつあるだけでも想像の翼がたちまち広がって、無限に楽しい遊びを考える事ができる。
そんなモモの暮らす街に『灰色の男たち』が音もなく姿もなく静かにやってくる・・・。
『灰色の男たち』は街の大人たちに巧みにこう言い聞かせる。
『あなたは今までどれだけの時間を無駄にしていると思いますか?その時間を有効に使えていたなら、あなたは今よりももっといい、理想の暮らしを手に入れているはずなのに。夢だって叶えていられたはずなのに』
灰色の男たちは、人々に『時間の浪費』をなくして暮らしを豊かにしよう!とささやくのです。
そして・・・。
おしゃべり好きな床屋さんはおしゃべりを止めて、ただ黙々と次から次へお客さんの髪を切るようになる。
酒場の主人は、一杯の安いワインで毎晩のように粘る年寄りのお客を追い出すようになる。
腕のいい左官屋さんは、数年経ったら崩れてしまうような壁を塗るようになる。
子供たちは親から高いおもちゃだけを渡されて『パパとママは忙しいんだからこれで遊んでいてね』と放置され、そのうちひとつのところにまとめられ『将来役に立つ』という教育しかさせられなくなってしまう。
みんな生活は豊かになる。でも仕事が楽しくなくなる。子供は『遊び方』がわからなくなる。そして節約してきたつもりの『時間』が実はどんどんなくなっていく。忙しい!時間がない!!
『灰色の男たち』は何者なんだろう?
それは巧みに『将来の為』『夢の為』『子供たちの為』といいながら、人の心から『時間』を奪っていく『時間泥棒』だったのです。
時間をなくした街の人は、それでもモモと話していると自分の失ったものに気がつく。
灰色の男たちはモモの存在に気づき始める・・・あの少女は危険だ!!
と、そんなお話です。こう書くとミステリーっぽいですが内容はファンタジーです(*^_^*)
でもいろんな哲学的なことが盛り込まれていて、でも説教くささはまったくなくて、ファンタジーとしてとてもおもしろくて一気に読めちゃいました。
そしてなんだか、いま漠然と思ってるいろんな事についてなんとなくそれがなんなのかを気がつかされたような気がしました。
うーん、長くなりそうなので続きはまた明日!!