しんがり | Rucca*Lusikka

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『殿(しんがり)』という言葉があります。

後退する部隊の中で、最後尾の箇所を担当する部隊を指す。・・・つまり負け戦で撤退するとき、隊列の一番後ろで本体を守る為に、敵の追撃を受けながら引く、という、一番重要な部隊のことをいいます。

ただでさえ敗け部隊なので、士気も落ちているし戦力はボロボロだし、敵は迫ってくるし、と、非常に難しい戦いをする事になるので、『殿』には最も信頼できる経験豊富な武将が選ばれることが多かったと思います。三国志でいうと『殿』で一番思い浮かぶのは、諸葛孔明が最も信頼していた趙雲子龍ですね。見事な撤退で蜀軍を何度も救いました。

今放送されている、大河ドラマの『篤姫』、この篤姫も『徳川将軍家』という『家』の『殿』を努めた人だったと思います。幕末~明治維新の混乱の中、江戸城無血開城を果たし、徳川の家名を残し16代目の当主を養育し、大奥にいた召使200人近くの身の振り方まで世話をして、その後はつつましく暮らし、静かに亡くなった、といいます。

そんな一番大変な『殿』・・・ただひたすら守るべきものを守りながら、被害を最小限にとどめつつ陣を引くのです。追撃を受けても自分が死ぬ事は絶対に許されない。さらに負け戦なので無事勤め上げても報酬なんて期待できません。

ダメージを負った『当事者』では『殿』は勤まらないのです。つまり『殿』になる人は『敗戦』の責任者ではないのです。

倒産した会社の後始末をする人、家族の病気の介護をする人、死後の家や財産、私物などの整理をする人、それもやはり『殿』だと思う。

『私は人の戦いの殿ばっかりやってるわ』・・・っていう人、けっこういるだろうな。

戦争の場面ではともかくとして、人生のそんな戦いの中で『殿』を努めるのは女のほうが多い気がする。夫婦で考えてみても平均寿命は女のほうが長いわけで。

私の実家の両親は自営業をしてまして、父が脱サラしたおかげで専業主婦だった母も一緒に働く破目になりました・・・その後30年近く続けてきましたが、兄も私も後を継がず、自分達の高齢化もあり4年ほど前お店を閉めました。

閉店を決めてからは、母は機材の廃棄先やリサイクル先を当たったり、お得意さまに引き継ぎ先を紹介したり、従業員の再就職の世話をしたり・・・まさに篤姫なみの奮闘w・・・無事円満に実損がほとんどない状態でお店をたたむことができたのでした。

父は閉店に係わるいろんなめんどくさい雑務にはほとんど関わらなかったそうです・・・父は、資金を借りて起業をし、いろんな仕組みを作り、先頭に立って人一倍働くことはできても、あと始末的なことは全然できない人なんだなー・・・役割分担といえばそうだけど、母はずいぶん愚痴ってましたよ。

そして今、父は自分のこともままならない状態になってしまっているわけですが・・・またも殿を務めるべきである母はというと・・・これまたダメージをうけてしまってままならない。

そんなわけでこの父の戦の『殿』は、どうやら私が務めることになりそうです。そういう役回りが来る年齢になったんだなぁと、もう覚悟を決めなくてはなりませんね。

父も母も老いたのだ。。認めたくなかったけど。もう戦えないのだ。

誰でも『自分の戦』を戦えなくなる日は必ずやって来るんだな。

そんなわけで、父の戦の『殿』を務めることになったわけですが、途端に考えなくてはいけないことがいっぱいできました。ひとつひとつの治療に『同意』するかどうかの『決断』が必要なのです。

戦ってるのは父ですが、父の意向はもう聞くことが出来ません。延命治療はするか、危篤状態になったら呼吸器をつけるか、心臓マッサージはするか、などから、肺炎になったら一般病棟に移るか、点滴をするか・・・などなど。病院からいろんな事の決断を迫られます。・・・それにしても今度の病院は前の病院と比べると、ひとつひとつの治療の度に電話がかかってきてどうします?って聞かれるんだけど・・・

そんな事わかんないよ!

ってわけにもいかないのです。

なにが父にとっていいのだろう。これ以上機械をいっぱいつけて生きる事なのか。意識はあるんだろうか?『治ること』に少しでも希望を持っていたほうがいいのか。これ以上辛い思い、痛い思いをさせないであげるほうを選んだ方がいいのか。家族がどう望むのが、何が父にとっての望みに叶うのか。

父は日頃からよく献血に行ってたし、ドナーカードも以前は持っていた気がする。多分延命的な事は望まない気がする。かといって母や私がその判断をしていいんだろうか?とはいえ本人がもう意思決定ができないのであれば、決断は家族がするしかないんだ。

ここでどんなに治療しても、3ヵ月後にはまた違う病院に行かなくてはいけない、そこでもまたイチから検査され、いろんな書類を書いて、この場合どうします?的な事をいっぱい聞かれるんだろうな。

やっぱりこの『3ヶ月ルール』の向こうには、心のない『思想』みたいなのが見える。誰もが仕方がないのかも、と思わされる暗黙の悪のような。なんか考えていくとますます難しいね。

ともあれ私はとりあえず、殿の責務を果たすのみ。自宅介護に比べればまだまだ恵まれている。

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